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水戸地方裁判所 昭和31年(ワ)34号 判決

原告 田村義雄

被告 株式会社茨城相互銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し債権者被告、債務者原告間の昭和二十八年四月一日附根抵当権設定金円借入約定書に則りなされた元本極度額百二十万円を限度とし別紙物件目録記載の不動産上になされた根抵当権設定契約の無効及び同日附債権者被告と債務者原告間の借用金証書による金百五十万円、利息日歩三銭五厘、弁済期昭和二十九年三月三十一日の債務竝に右債権につき別紙不動産に昭和二十八年四月一日水戸地方法務局受附第一八三七号を以て設定された根抵当権の存在しないことを確認せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、「田村貴美子は原告の妻であるが、原告は昭和二十六年八月以降住所を離れて帰来せず今に至るも行方不明であり、貴美子は昭和三十一年二月一日水戸家庭裁判所において原告の財産管理人に選任された。ところが昭和三十年十二月二日被告からの通知で原告所有の別紙物件目録記載の土地家屋(以下本件土地家屋という。)につき被告を債権者とし、原告を債務者とする昭和二十八年四月一日附債権元本極度額金百二十万円の根抵当権設定金円借入約定書が作成されたこと同日水戸地方法務局受附第一八三七号を以て被告のため右根抵当権設定登記が経由され同日附で原告を債務者被告を債権者とする金額百五十万円、利息日歩三銭五厘、弁済期昭和二十九年三月三十一日との借用金証書が作成されていることが判明し、被告は右根抵当権に基き競売開始を申し立てるに至つた。然し当時原告は既に行方不明でこのような契約を結んだり根抵当権の登記に応じたりする筈がなく、これらは全く原告の関知しないもので無効であり、従つてまた原告の被告に対する右借用金証書にあるような金百五十万円の債務も存在しない。」とのべ被告の抗弁事実を否認し「本件根抵当権設定及び金員借入に関する各証書はすべて義光が原告の印鑑を冒用してその作成に応じたものであり、また被告は、右各証書作成当時原告の不在であることを知つていたし、義光の代理権の有無を容易に確めることのできる状況にあつたのにこれもしなかつたのであるから到底正当の理由があるとは言い難い。」とのべ、再抗弁として、「原告は昭和二十六年七月十六日水戸家庭庭裁判所において浪費者として準禁治産の宣告を受けているから右根抵当権設定並びに金員借入に関する契約については、いずれも保佐人である原告の同意を必要とするところ、この同意がないから貴美子は本訴において原告の財産管理人としての資格においてこれが取消の意思表示をするものである。よつていずれにしても右約定書記載の根抵当権設定契約は無効でこれに基いて設定された根抵当権や右借用金証書記載の百五十万円の債務は存在しないからその無効並びに不存在の確認を求めるため本訴に及んだ。」とのべ証拠として甲第一乃至第十一号証第十二号証の一乃至七、第十三号証の一乃至四を提出し証人浅川幾之介(第一、二回)、田村義光(第一乃至第三回)富岡範嘉の各証言並びに原告法定代理人等尋問の結果(第一回)を援用し、乙第一、二号証のうち原告名下の印影の真正は認める、原告の署名の真正は否認、その余の部分の成立は不知、乙第五号証の成立は不知、第十三、十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証の成立は否認、その余の乙号各証の成立は認めるとのべた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として「原告主張の請求原因事実のうち貴美子が原告の妻であり、原告と被告との間に原告主張のような根抵当権設定の約定書並びに借用金証書が作成され、被告が原告所有の本件土地、家屋に右根抵当権の登記を経由し競売を申し立てたことは認めるが、これらが原告の関知しないものであるとの点は否認する、その余の事実は不知とのべ、抗弁として原告主張の約定書や借用金証書の作成並びに根抵当権の設定登記はすべて原告の実弟義光が原告の営業に関する事項や財産の管理、処分等一切について原告から与えられた包括的代理権に基き原告の印鑑を用いてしたものであり、仮に契約当時原告が不明であつたとしても、家出した前後の原告の家庭の事情などから考えて原告は義光に対し、原告を代理して右のような契約を結ぶことを暗黙に承諾したものと推定すべきである。仮にこの代理権が認められないとしても、義光は原告の印鑑を用いて本件契約を結んだのであり、かように原告が自己の印鑑の使用を義光に許したことは第三者である被告に対し義光に代理権を与えた旨を表示したものというべきである。(民法第百九条の主張)仮にこの主張が理由がないとしても、原告が従前被告との間に昭和二十四年十一月頃から翌二十六年十二月頃に至るまで四回にわたり自己所有の不動産を担保に無尽契約を結んだ際義光が原告の代理人となつたことがあり、右各契約はいずれも障礎もなく履行されてきたこと、原告は義光と共に水府証券株式会社を設立し、義光を代表取締役に据え自らは監査役に就任して営業を共にしてきた間柄であること、本件取引に際し義光は原告の印鑑を使用し原告の印鑑証明係争物件の不動産登記済権利証を被告に提出し、原告に代つて本件契約を締結する権限のある旨を申し出たこと、被告は原告の不在を知らなかつたことから被告は義光に本件契約について代理権があると信じそう信ずべき正当の理由があつたものであり、(民法第百十条の主張)仮にこの主張が理由がないとしても、義光が従前原被告間の無尽契約を代理する権限を有していたことは前記のとおりであるところ、被告は右代理権の消滅したことを知らず前述した事情から本件契約についても、なお義光に代理権があると信じ、そう信ずべき正当の理由があつたものであるからいずれにしても原告は義光のした本件契約につきその責に任ずべきである。(民法第百十二条の主張)」とのべ、原告の再抗弁に対し、原告か準禁治産宣告の審判を受けたとしても家事審判法第十三条によれば審判はこれを受ける者に告知することによつてその効力を生ずると規定されており、審判当時原告は既に所在不明でその審判謄本は右準禁治産宣告申立事件の送達報告書により明らかなように、申立人である貴美子が受領し、原告に対しては審判の告知がされていないから右審判の効力は未だ発生しておらず、従つて原告が準禁治産者であることを前提とする取消の主張は失当である。」とのべ証拠として乙第一乃至第十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証、第十七号証の一、二を提出し、証人天野喜三郎、浅野正夫(第一、二回)大崎武男、田沼弘(第一、二回)、名雪誠の各証言並びに原告法定代理人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲第五号証、第十二号証の五、六の成立は不知、第六号証のうち裁判所作成部分の成立は認めるがその余の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めるとのべた。

理由

昭和二十八年四月一日附で原告を債務者被告を債権者とする債権元本極度額百二十万円の根抵当権設定金円借入約定書及び元金百五十万円、利息日歩三銭五厘、弁済期昭和二十九年三月三十一日の借用金証書が作成され、原告所有の本件土地家屋につき同日水戸地方法務局受附第一八三七号を以て右根抵当権設定登記が経由されたことは当事者間に争いがなく、証人田村義光の証言(第一乃至第三回)並びに後記認定のようにその原告作成名義部分は義光が原告名義を以て作成したものと認められる乙第一、二号証によれば右約定書(乙第一号証)と借用金証書(乙第二号証)は、原告の実弟義光が昭和二十八年四月一日被告から金百五十万円を借り受けるに当りかねて原告の妻貴美子から預つていた原告の実印を用い、債務者としての原告名下にこれを押捺して被告との間に作成したものであり、その結果前記根抵当権設定登記が経由されたものであることが認められる。

そこで右約定書等の作成の際義光に被告の抗弁するが如く原告を代理する権限があつたかどうかにつき調べてみるに、義光が原告から被告主張の様に右権限を含めた包括的代理権を与えられていたと認むべき適確な証拠はなく、また証人田村義光の前記各証言及び原告法定代理人尋問の結果(第一、二回)によれば原告が本件契約当時行方不明であつたことは明らかであり、原告と義光との間には営業を共にしていたとかその他後記認定の様な密接な関係のあつたことは認められるが、そのような事情から直ちに原告が家出に当り義光に対し原告の代理人として前記約定書や借用金証書に記載されているような契約を締結することに暗黙の承諾を与えたとみるのは困難である。

次に表見代理の抗弁について判断するに成立に争いのない乙第三、四号証に証人浅野正夫の証言(第一、二回)並びに弁論の全趣旨を綜合すると原告は従前被告からしばしば無尽契約による給付を受け、自己所有の建物につき被告のため昭和二十三年六月十一日債権極度額金四万九千円の根抵当権の、昭和二十四年十二月十四日債権額十万八千円の抵当権の、昭和二十五年七月二十八日債権額六万六千円の抵当権の、昭和二十六年五月十二日債権額十五万円の抵当権の、それぞれ設定登記を経たが無尽掛金の支払は大低義光がしており、原告が支払つたことは殆どないことが認められる。証人浅川幾之介の証言(第一回)中この認定に反する部分は信用できない。右認定の事実によれば原告は義光が原告に代つてその債務を弁済することについては暗黙の承諾を与へていたものと認められるから、その限度において義光は原告を代理する権限を有していたものということができる。そして成立に争いのない乙第五号証同第八号証及び証人田村義光の前記証言(但し後出の信用できない部分を除く)、同大崎武男、天野喜三郎の各証言並びに原告法定代理人尋問の結果(第一、二回)(但し後出の信用できない部分を除く)に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は義光と共に昭和二十四年二月九日中央証券株式会社(その後水府証券株式会社と商号を変更)を設立し義光が代表取締役、原告は監査役となつて共に経営に当つたが、原告は賭事に熱中して会社の事業は勿論家庭をも余り省ることなく、会社経営の実権は義光の手に握られ家計の切盛は一切貴美子のつかさどるところであつたこと、貴美子は昭和二十六年六月初旬水戸家庭裁判所に対し、義光とも相談の上原告を浪費者として準禁治産宣告の申立をしたが同月二十八日頃原告は妻子を家に残したまゝ行方不明となり、原告の実印は貴美子の保管するところとなつたが同女はその二、三ケ月後女の身として夫である原告の実印を保管していることを心配した義光の助言により原告の実印の保管を義光に託するに至り、義光は昭和二十七年十月頃従前の建物を取りこわし自らの費用で本件家屋を新築して原告名義の保存登記を経る時やまた原告の家出後である昭和二十六年十二月五日被告から原告名義で金二十万円を借り受ける時などに右実印を用いたことがあり、右二十万円借受に際し義光は原告の被告に対する以前の無尽掛金債務を原告に代つて支払つていること、かようにして義光は昭和二十八年四月一日原告名義の印鑑証明書を提出した上前述のように前記約定書並びに借用金証書の原告名下に右実印を押捺して原告名義で根抵当権設定並に金円借入契約を結び、原告が借り入れる名義で被告から金百五十万円の交付を受けたこと被告は当時原告が不在であることを知らず、原告の弟でもあり原告がその役員の一員であつた水府証券株式会社の実権を握る義光に原告を代理する権限があると信じたことが認められる。証人田村義光の証言(第一回)により成立が認められる甲第五、六号証の記載同証言(第一乃至第三回)、浅川幾之介(第一、二回)、岡範嘉の各証言並びに原告法定代人尋問の結果(第一、二回)のうち右認定に反する部分は前顕各証拠に照らし措信しない。

右認定したところによれば原告の実印は同人が義光に対し任意に交付したものではないが一家の長という地位にありながら浪費者として準禁治産宣告の申立まで受けた原告が家出して行方不明になつたからには、後に残された妻貴美子として当然夫である原告の実印を原告に代つて保管し、必要に応じてその保管を信頼すべき第三者の手に委ねる程度の権限は有するものと認めるのが相当であり、前記認定のように原告の実印は貴美子の手から夫の弟でもあり、夫に対する準禁治産宣告の申立の際に相談にも与つたような間柄の義光の手に平穏に渡つたのであるから、ひつきよう原告から任意に交付されたのと何等択ぶ所がなく、従つて義光がこれを使用し原告名義を以て被告との間に前記のような契約を結び被告が義光に原告を代理する権限があると信じた場合には、上記認定の事情の下においては、被告がそのように信ずるにつき正当の理由があるものとして原告はその責に任ずべきである。そして義光が原告から与えられていた代理権は前記認定のように原告の債務弁済に関するものであつたから、義光はその権限を超えて被告との間に前記契約を結んだものとして民法第百十条による表見代理の成立が肯定さるべきである。進んで原告の取消の再抗弁について考察するに成立に争いのない甲第十三号証の一によれば昭和二十六年七月十六日水戸家庭裁判所において原告が準禁治産宣告の審判を受けたことが認められるが、被告は右審判が原告に告知されていないからその効力を発生していないと争うので審究するに、家事審判法第十三条は、審判はこれを受ける者に告知することによつてその効力を生ずると規定し、家事審判規則第二十六条によると禁治産宣告の審判は法律により後見人となるべき者又は当該禁治産宣告の審判により同時に後見人に選任される者に告知すべき旨、規定されているが準禁治産宣告の審判を何人に告知するかについては直接の規定がなく、たゞ禁治産に関する審判手続を準用するとの一条あるのみである。思うに禁治産宣告のような人の能力を剥奪する審判はその本人により重大な事項であるからこれを禁治産者に告知する必要のあることはいうまでもないことであるのに、右規則がこれを後見人に告知すべき旨規定したのは、禁治産者は心神喪失の状況にあり、弁識力を欠いているのを常態とするためこれに審判を告知しても目的を達しない場合が多いから、むしろ禁治産者を代表し、その者に代つて法律行為をする権限のある後見人に告知するのが相当であると考えられたからに他ならない。

これに反し準禁治産者はその弁識力の点で常人に劣るところがあつてももとより弁識力を有しない者ではない。従つて準禁治産者に附される保佐人も準禁治産者に代つて法律行為をする権限を有する者ではなく、単に準禁治産者が民法第十二条に掲げられた行為をするに当りその同意を必要とするというに止まる。そうであるならば、準禁治産者が未成年のため法定代理人を有する場合を除き準禁治産宣告の審判は宣告を受ける準禁治産者その人に告知すべきであると解するのを相当とする。

成立に争いのない乙第十七号証の一、二によると、原告に対する準禁治産宣告の審判謄本が昭和二十六年七月十七日原告宛に送達されたが、原告不在のため貴美子において受領していることが明らかであるからこれによつて果して原告に告知されたとみるべきかどうかを更に考察しなければならない。家事審判法第七条は家事審判に関してはその性質に反しない限り非訟事件手続法第一編の規定を準用すると定め、同法第十八条による非訟事件における裁判の告知は裁判所の相当と認める方法によつてする旨規定している。従つて民事訴訟法所定の送達方法をとることも勿論差支へない訳であり、同法第百七十一条は、その第一項において送達ヲ為スベキ場所ニ於テ送達ヲ受クベキ者ニ出会ハザルトキハ事務員、雇人又ハ同居者ニシテ事理ヲ弁識スルニ足ルベキ知能ヲ具フル者ニ書類ヲ交付スルコトヲ得、と規定しているから、この規定からいえば原告宛の審判謄本を貴美子が同居者として受領することも妨げないように考えられるが、法律が双方代理を禁じている趣旨から考えても、また同条が本人のいわば補助者ともいうべき事務員雇人と並べて同居者を入れている点からいつても、同条によつて同居者に受領権限が認められるのは送達に係る事件について、送達を受くべき本人と同居者との間に利害の対立がないか或は同居者がそれについて何等の利害関係も有しないような場合に限られるものと解すべきである。ところが本件において問題とされている準禁治産宣告申立事件は、上記認定したところから明らかなように妻の貴美子が夫の原告に対し浪費者であることを理由に申し立てたもので、両者の間に必ずしも利害の一致しないものがあると認められるから貴美子が原告に宛てた審判謄本を同居者として受領する権限はないものといわなければならず、又原告は上記認定のように右謄本送達前から既に家出して行方不明であつた以上この点からも最早補充送達に関する前記法条の適用はないものというべきである。従つて貴美子の受領によつては到底原告に対する送達の効果を認めることはできない。されば原告に対してはまだ準禁治産宣告の審判の告知がなく右宣告の効果は発生していないというべきであるから、原告が準禁治産者であることを前提とする原告の取消の抗弁は失当を免れない。

以上認定したところによると原被告間には原告の代理人義光を通して上記約定書並に借用金証書に記載されているように昭和二十八年四月一日本件不動産につき債権元本極度額金百二十万円の根抵当権設定契約が成立し、且つ原告は代理人義光により被告から金百五十万円を利息日歩三銭五厘、弁済期昭和二十九年三月三十一日と定めて借り受けたものと認むべきであり、従つてまた右約定書に基き被告の経由した前記根抵当権設定登記も有効であるものというべきであるから、右根抵当権設定契約の無効及び右金百五十万円の債務並びに根抵当権設定登記の不存在確認を求める原告の本訴請求はその理由がないことが明らかである。よつて原告の請求を棄却すべきものとし訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭)

物件目録

水戸市字泉町一〇九三番の一

一、宅地 百三十八坪九合九勺

字泉町一〇九三番の一 家屋番号同町一〇九二番

一、木造二階建事務所兼住家 一棟

建坪 十六坪五合

外二階坪 八坪七合五勺

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